禁煙!実現までの実録

 

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いつか書かなくちゃならないと思っていた内容に、喫煙者が禁煙するにあたりとてもシンプルなメカニズムを理解していただくとハードルが極端に低くなるということがあります。

以下は体験した内容ですので、禁煙に興味のある方はご参考までに実験していただければと思います。

現代においては、世の流れで本稿を書いたとしても現代の愛煙家の人達に道を歩いていて突然石をぶつけられることはないかと思います。

筆者がまだ子供だった時代には、自分の祖父、父親、親戚の男の大人たちはほぼ皆、たばこを吸っていた記憶があります。

私の場合は、母方の祖母も煙管(キセル)にたばこを詰めて吸っていたのをよく覚えています。

そのような時代でしたので公共の場であろうが、どのような場所に行っても、灰皿があり、誰かしらは煙をくゆらしているは当たり前の風景でした。

ashtray by publicdomainq
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私自身は、いつも喫煙していた父親の指についたたばこの匂いは嫌いではなくむしろ好きなほうだったと思います。

そのような少年時代を過ごしていると、成人して喫煙するのは男としては当然だと思うのも仕方のないことだったと思います。

極論すれば、格好の良い大人はくわえたばこで仕事をするものだと信じていたといっても過言ではないぐらいに思っていたものでした。

喫煙のきっかけは浪人時代の玉ねぎ夕食?

私は浪人時代の19歳の終盤、ストレートで大学に入った友人のアパートに遊びに行ったとき、はじめて当時の「ハイライト」を吸いました。

法律上、20歳以前が未成年扱いでしたので、おそらくその時が法を犯した最初だったと思います。

喫煙するのに抵抗がなかった環境で育ったとはいえ成人するまで待てないほどの執着もありませんでした。(当時の友人たちの半数近くはその年代には喫煙していたと思います)

アパートを訪ねた夕方に、そろそろ夕飯にするかと言った友人が「悪いぃ、実はまともな食糧が無いんだ。ここに玉ねぎがあるからこれを水でさらして喰えば、なかなかいけるし、あとはタバコを吸えば、腹の足しになって落ち着くさ」と信じられないことを言い出しました。

結局私は、玉ねぎを食べ、当然お腹の満足までは大いに程遠かったので、彼の言うとおり、お腹がいっぱいになるものと信じて最初の吸い方のコツを教わりながらタバコを吸いました。

1本目、頭が軽く締め付けられるような感覚、でもまだお腹が。。

2本目、本当にお腹がいっぱいになる感覚になるのかなぁと半信半疑、しかしやはり満足感はない。

よし、と3本目の半分ほどまで吸った時だったでしょうか、突然強烈な吐き気に襲われ七転八倒。

トイレで吐けと言われてトイレを除いたものの、その余りの汚さに慌てて玄関から飛び出し、確かアパートの裏が残雪が残る畑だったと思いますが、四つん這いになって玉ねぎが混ざった胃液だけを何度も何度も、寒さでガタガタ震えながら吐いたという有様でした。

 

喫煙の黄金時代と社会情勢の変化

そんな、ひどいきっかけだったのにもかかわらず、どこか禁断の世界を垣間見てしまったような軽いワクワク感で、あの吐くほどの苦しさを忘れたころから、少しづつ喫煙を始めたのでした。

そして数年後には、とても香りがよいロングピースの銘柄に出会い、1日平均30本前後、仕事が忙しくて多い時は60本ほどと気が付くと結構なヘビースモーカーになっていました。

 

smoking
smoking

以来、ン十年に渡り喫煙し続けた訳ですが、その一方で社会の流れは途中1980年代中盤に入ってから喫煙とガンとの因果関係、受動喫煙等の社会問題化を経て徐々に禁煙ムードが高まってきたのです。

しかし私自身は手についたタバコの香りの嗜好や、タバコのニコチン依存からか、せき込んだ時に出る灰色がかった痰が少しばかり気にはなったものの、特に大きく体調に不調をきたすわけでもないので、若干の虚勢を込めて一生涯タバコを吸い続けるものと思っていました。

ちなみに、ここ50年における厚生労働省の成人喫煙率の調査結果があります。

データ的にも50年前は成人男子の85%近くが喫煙するという凄まじさであったものの、右肩下がりに減少を続け現在は30%を切るところまで来ているようです。

禁煙前夜

そんなある日、私の弟と久しぶりに会った時、すと彼がタバコを吸っていないのに気が付いたのです。

聞くとニコチンガムで比較的簡単に禁煙トライ中とのこと。長く医療機器製品製造の仕事についていた彼は、健康と喫煙のデータの裏付けの上で、禁煙の必要性を認識し、手段としてはガムが一番手軽と判断し、実行しているとのことでした。

その時は、じゃその禁煙ガムを俺にもくれと2粒ほど貰って噛んでみたのですが、生ニコチンに近いものを口から直接体内入れたからか、瞬間的に胃のあたりが拒絶反応を示し、吐き気を催してしまいました。

そして、このやり方は決して自分には採用できない方法だと悟りました。

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衝撃!喫煙の呪縛からの解放・・ニコチン中毒は本当か?

その後、さらに5年ほど愛煙家生活を続けたわけですが、忘れもしない2005年2月10日の晩に徹夜仕事で会社に泊まったのですが、午前3時過ぎ頃から急に熱が出てきて集中できなくなり、しばらく休んで朝7時ごろに急遽車で帰宅。

帰宅後も、動けなくなるのも時間の問題になりそうだったので、とにもかくにも近くの内科医まで行って診てもらいました。

結果は、生まれて初めてのインフルエンザに罹患していることがわかり自宅隔離をまる4日ほど続けることになりました。

もともと基礎体温の低い私にとって、その間の高熱は体の節々が悲鳴を上げ続ける連続で、疲れ切ってウトウトするようになるまでは、ひたすら耐えるというかなり辛い時間でした。

4日目の朝になってようやく節々の痛みがなくなる程度に熱が下り、身体が楽になってきて最初に思ったのは、もう少ししたらタバコを買いに行かなくちゃ、ということでした。

実際は2月15日の昼頃だったと思いますが、ベッドから降りて切れていたロングピースを購入しようとイソイソと玄関に降り立った時、不意にあることが閃いたのです。

それは、20歳の直前から、ン十年間に渡り何の迷いもなく吸い続けてきたタバコ、、、その間、たとえ年に何度か風邪をひくのは恒例であっても、一日中一度も喫煙しない日は多分皆無だったはずなのが、今回は4日半もの間一度もタバコを吸いたいと思わなかった!という事実でした。

確かに、高熱のため身体の節々が痛くてそれどころではなかったのかも知れないが、タバコを口にしない時間が空いた時の「一服したい」という渇仰感が全くなかったことに大きな違和感を感じたのです。

待てよ、これは一体、どういうこと・・・・??

by publicdomainq
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何故か、その時20歳で喫煙を始めて以降、今に至る自分のタバコに対する思考メカニズムが直感的に分かってしまったのです。

思考1

これはひょっとして、鳥類が最初に目にした生き物を親と思い込んでしまうという『刷り込み現象』そのものではなかったのか?・・・・タバコを吸いたい喫煙欲求はもしかするとヘビースモーカーの自分は、当然ニコチン中毒になっているはずだ。

思考2

中毒であれば、一定時間が経過すると必ず身体がニコチンを要求はずだからタバコを吸いたくなるのは当たり前!いや方程式なのだ! ・・・・ならば、何かおかしいぞ?

思考3

事実、この4日間は一度も、タバコのタの字も思い浮かばなかったではないか?・・・・もし中毒なら、禁断症状が出るはずで、そんなに長い間タバコを求めない訳がないはずだ!やはり、何か変だ!?

思考4

第一、禁断症状があれば手が震えてきてもおかしくないのに、ピクリとも震えないではないか! ・・・どう考えても、説明が付かない??

思考5

これらを整理してみると、
愛煙家→ニコチン中毒になる→タバコをやめると禁断症状が現れる→だからまた吸う→そもそもやめようと思っちゃいけない!→やはり愛煙家だ

うーん・・・そうか。

ひょっとすると、どうも、知らず知らずにこのような思考サイクルに引き込まれてしまっているのかも知れない。

もし、そうだとすると、何としても実験しなくちゃいけない!と。

喫煙メカニズムへの禁煙実験

なるほど、自分は長い間、愛煙家だと思っていつの間にかヘビースモーカーにまでなっていたが、これらは『刷り込み』が引き起こした、喫煙メカニズムに支配されていたということなのかも知れない。

これは引いてはタバコ専売公社の戦略にまんまとハマっていたのかも知れない。

確信はないが、もしも、そもそも基本的に「タバコ⇒ニコチン中毒」という第1の方程式が無かったとしたら、禁断症状などある訳もなく、禁煙パッチや禁煙ガム対策などの努力めいた事を一切しなくても、すぐにでも禁煙はできるってことじゃないだろうか?

それに第一、薄給の身から今までの間に一体いくらタバコに注込んだんだのだろう?

トヨタのセルシオ(当時はステータス車)1台半ぐらいの金額は払ったのじゃないだろうか?

よし!それならば、とりあえずは実験として禁断症状が出て、手が震えだすか、または頭の中がタバコのことしか考えられなくなって仕事が手につかなくなればその時に、また吸えばいいわけだから、まずは実験してみよう・・・と、最後になるかも知れないロングピースひと箱を買いに行きました。

実験の結果は?

結論から言いますと、その日以来、待てど暮らせど、手が震えるとかタバコのことばかりが頭から離れない状態には一度もなったことはありません。

そして、13年2か月が過ぎ、現在に至っています。

つまり、私の禁煙は実にその一瞬で完了していたわけです。

・・実は、そのあと6か月ほどが経過した頃だと思います。

友達と話をしていてタバコを勧められ何気なく吸ったのですが、アっヤバイ、俺吸っちゃったよ!・・という夢を一度だけ見ました。

ハッと目覚めたときに、まだ何か引きずっているのかなと思ったものです。

また、その時に念のために購入していた最後ロングピースの箱ですが、一度も封を切られることなく約一年後に捨てられました。

この私の実験結果から確実に言えるのは、もし禁煙をしようと思うのであれば、対処のための道具は(禁煙××というツールを含めて)全く不要で、純粋に禁断症状がでるまでひたすら待つだけで良いのです。

待つと決めた日から何の苦労もせずにスッキリと禁煙することができてしまうからです。

ここ数年禁煙外来のある病院もありますが、これもおそらくは全く不要です。(別に商売の邪魔をする意図はありませんが)

まとめ

私は、決めたら必ずやる!のではなくできればやりたい!?というタイプなので、それ以来タバコには見向きもしないとか一度も気負ったことはありませんし、本当は吸いたいのに我慢したという事も一度もありません。

習慣性があると言い張る人も世の中にはいるかもしれませんが、実体験からそれは無いと言い切れます。

タバコを吸わなくなって1年ぐらい経過した時だったと思いますが、ふと、愛煙家だったころはどこに行くにもタバコやライターを胸やズボンのポケット、ショルダーバッグなどに持ったかを無意識のうちに気にし、確認していた事そのものをすっかり忘れている自分に気が付きました。

大袈裟かもしれませんが全く何にも縛られていない自由になったことに思わず嬉しさが込みあげてきた記憶があります。

その時の感覚は、例えれば私が21歳の夏に麓のキャンプ場からバスケット・クラブの合宿ついでに神奈川県・丹沢の大山山頂まで走って登ったことがあります。

その頂上から一望した湘南の街並みと太平洋がせりあがって見え、広くどこまでも雄大な光景に大きなと喜びで満たされた時の気持ちととても似ていました。

丹沢大山
丹沢大山

振り返ると~その後~

さて、タバコを吸わなくなって久しくなった今、何が変わったかについても幾つか加えたいと思います。

まずは、フィジカル面ですが、風邪をひきにくくなりました。

当然、歯の裏側は黒から白に変わりました。

咳が出なくなりました。従って、痰も出なくなりました

次に匂いについてです。

喫煙者中の方はほぼわからないと思いますが、煙が衣類についた匂いは、言葉で表すのがとても難しい位にひどいものです。

嗅覚に鈍感な私でも、喫煙者が部屋のドアを空けて一歩でも中に入った時に誰が来たのか見なくてもわかります。

オオキンケイギク(特定外来生物)

どう考えても、香りは通過後に追いかけてくるはずなのですが、実際はものすごい勢いで、なぜか前方に走ります。

丁度、絶対量で香水をつけているのではなく自分の嗅覚に従って相対量でつける人が、だんだんきつくなり、どれほどの匂いを振りまいているのかを本人だけが気づいていないのと似ています。

そう考えてみると喫煙を機能面としてみたときに、身体にとって「百害あって一利なし」は、寸分の狂いもなく正しいものだと言えそうです。

 

 

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